2006年FUJI奨学金授与の旅
2006年10月12日〜10月21日


参加者:フアン・マン・カー、ト・ブー・ルーン、ダオ・チ・ミン(ホーチミンからロンスエンまで)、小倉恭二郎・
          くら子御夫妻、松永実姫子、藤村知子(北部のみ)、宮本典子
訪問先:
10月14日 ニンビン省チャットビン中学訪問、奨学生40名(男子13名、女子27名)に奨学金授与、黒板
          5枚(昨年も5枚)贈る
15日  チャットビン中学奨学生・教員と遠足・交流
16日  ベンチェ特別支援児学校訪問、刺繍教室・木工教室見学
17日  カントー大学創立40周年記念式典出席   午後、カントー大学奨学生5名に奨学金授与、交流
18日  アンザン大学奨学生20名に初めて奨学金を授与し、交流 チャウドック市サム山幼稚園訪問 同
          市ツ・コア・フアン中学(現在、グエンフエ小学校に教室を借りている)訪問
19日  (飛び入りで)チャウドク市教育委員会労働勲章授与式に出席、教育委員会の方々と交流 ビンミ
          ー幼稚園(旧ホアホン幼稚園)訪問
2006年の奨学金授与の旅は、予定では北部(ニンビン省)中心となっていましたが、カントー大学の40周年記念式典に招待され、アンザン大学生に奨学金を新しく授与することになり、またベンチェ障害児学校の卒業生刺繍教室への新たな支援もあって、南部へも足をのばし、機中を含め9泊10日という長旅となりました。一同元気に大変楽しくいって参りました。

【10月12日(木)ハノイ→ハロン】
   午後2時半にノイバイ空港到着後、直ちにハロンへ向け出発。途中Bac Ninhで刺繍や工芸品を作っている工場を訪ね(ハンデイキャップの女性が多く働いていた)、一路ハロンまで4時間のドライヴでした。路の両側は一面の田圃、黄金色、褐色、黄色、栗色、そして丈の高いのや低いものなど、いろいろな種類の稲が稔り、稲刈りが始まっていました。ほとんど1人か数人の作業で、茶色い牛を連れているのも見られました。

【10月13日(金)ハノイ→ハロン湾クルーズ→ニンビン市】
   13日はハロン湾を私たちだけの貸し切り船でクルーズし、天宮鍾乳洞や珍しい昆虫や植物などを見物しました。

【0月14日(土)ニンビン省チャットビン中学】
   13日夜、ニンビン市へ初めて泊りました。陸のハロン湾といわれるニンビン市一帯は、あちこちで開発が進められている様子が伺えましたが、ニンビン市から車で1時間ほどの、カーさんのふるさとチャットビン(村)一帯は、水路にアヒルが泳ぎ、車を曵く茶色い牛、木製の小舟、天秤棒をかついだ人などがみられ、村の風景はどこをとっても絵になる美しいところでした。
   チャットビン中学は生徒数437人、依然2部授業で、設備も不足しているように見えました。しかし子供たちはあくまで明るく人なつこく、キラキラと輝く瞳で私たちを歓迎してくれ、とりわけ松永実姫子さんは大人気、子供たちに取り囲まれてサイン攻め、私たちも大喜びでした。

【10月15日(日)チャットビン中学生と交流→ハノイ市】
   15日は生徒たち15人と先生5人、みな名札をつけて2台のバスに分乗し、10世紀、ベトナムを最初に統一した王朝の首都の遺蹟ホアルーのディンティエンホアン祠とレダイハンとお妃の祠を訪ね、その後1964年設立のベトナム最初の国立公園クックフォーン(菊香)国立公園に行きました。いずれも大変風光明美なところで、蓮の花やハイビスカスが咲き、あるいは珍しい樹が生い茂り、一同大いに楽しみました。
   子供たちもすぐうちとけて日本語を覚えたり、珍しい花が咲いているのを教えてくれたりして、楽しい交流ができました。どの子もとてもお行事がよくて、食事のときも私たちが手をつけるまで食べません。そしてお客に裏箸でとってすすめてくれる様子は、今は失われた日本の美しい風習を見るようでした。
   残念だったのは奨学生全員を連れていってあげられなかったことと、子供たちがすぐに車に酔ってしまったことでした。近いとはいえ車を使わなくては行けない遠足などは、子供たちには(先生方も)できない贅沢のようでした。車酔いの子供たちの介抱には小倉くら子夫人にすっかりお世話になりました。
   午後早く子供たちと別れ、ハノイを目指しました。途中有名な石造りのファットジエム教会を見学しました。

   ハノイの夜はお洒落なレストランで、カーさんとルーンさんのお友達であるベトナム赤十字の前副総裁トゥエン(NGUYEN CHI TUYEN)博士、映画監督のミン(DANG NHAT MINH)氏、作家のダン(TRAN TIEN CAO DANG) 氏、そしてハノイ在住の小松みゆきさんと夕食を共にしました。小松さんは以前FUJI教育基金の旅にも同行され、小倉さん松永さんともお知り合いで話が弾み、ダン氏は最近日本の村上春樹の作品を翻訳されたそうでした。
   ハノイとその周辺は11月のAPECの開催に向け様々な準備が進められていました。ルーンさんの会社ビロタスの大きな広告看板もあったそうなのですが、おしゃべりしていて見のがしてしまったのが残念でした。

【10月16日(月)ハノイ市→ベンチェ→カントー市】
   16日はホーチミン行きの便が2時間も遅れたため、ベンチェについたのはもう日暮れでした。ベンチェ特別支援児学校では校長のディエンさん、「養護と療育を必要とする人々を支援する会」副会長ホアンさんに迎えられ、子供たちの刺繍教室に行きました。青い琺瑯のプレートに「FUJI教育基金(日本)の援助による刺繍教室」と掲げてありました。50人ほどの子供たちが熱心に刺繍をしていました。木工の部屋にも行きました。先生にもお会いしました。待っていてくれたのでしょう、蛍光灯の明かりは少し暗く、細かい作業には無理のようでした。
   ベンチェからカントー市へ直行するには道が暗くて、大雨だったし危険なため、もう一度ミトー市へ戻り、夕飯後カントー市へ行きました。

【10月17日(火)カントー大学】
   17日は朝からカントー大学40周年記念式典に皆で出席しました。各人に招待状を頂いていました。式典は各国からの招待者、大学関係者で大きな会場は一杯で、英語の同時通訳もありました。カントー大学は理学部から始まり工学部、農学部が作られ、これまでメコンデルタの利用開発に大きな役割をもってきたが、これからはそれとともにソフト面、社会科学、人文科学も充実させたいとのことでした。
   ひき続きパーティーがあり、午後から東京農業大学の博士学位授与式、それに続いてFUJI教育基金の5名の奨学生に奨学金を渡しました。
   記念式典で表彰された8名の在学生のうち7名が女子、5名の院生のうち3名が女性、東京農大の博士3名のうち2名が女性、そして5名の奨学生のうち1名が女性でした。
   夕方から大学の庭で農学部の同窓会のパーティーがありました。メニューはお昼とあまり変わらず、またカントー大学特製のアニスの入ったリキュールが出ました。ルーンさんが飛び入りで歌われました(南部民謡"ジャングルの自然が革命の"だそうです)。私たちも何か歌おうと言っているうちに、だんだん雲行きが怪しくなって雨になりそうでしたのでお開きになりました。その晩は一同松永さんの部屋へ行き、アルコールを飲みながら総括と反省会をしました。

【10月18日(水)アンザン大学→チャウドック市】
   18日ロンスエン市のアンザン大学へ行きました。学長のスオン先生は御出張中だったにもかかわらず、初めてのFUJI教育基金の奨学金授与のために急遽お戻りになったそうでした。
   ルーンさんの経過説明、紹介のあと、大学から花束の贈呈があり、奨学金の贈呈をしました。男子9名女子11名でした。これらの学生は学業、家の経済状態の他、地域に貢献しているかどうかも考慮して選ばれたとのことでした。
   学生からお礼の言葉がありました。自分が大学へ行くために母も働き、弟も妹も学校を諦めて働いていること、家族以外に自分のことを考えてくれる人がいることがどんなに励みになるか、外国にも僕たちのことを考えてくれる人がいてとても嬉しい、ということでした。ルーンさん持参のお饅頭やチョコレートを食べてくつろぎながら話をしました。
   昼食後、カーさん、松永さん、ミンさん、ウットさんの4人はホーチミンへ戻り、残り4人はチャウドックへ向かいました。
   チャウドックではまず市場へいって、サム山幼稚園へのお土産を買い、もとFUJI奨学生であったミーハさんのいる幼稚園へ行きました。トタン屋根の2教室、小さな幼稚園で、子供たちは粘土細工や、お店やさんごっこ、台所ごっこ、お医者さんごっこの玩具で遊んでいました。
   園長先生の話。チャウドック市の幼児教育は、現在90%くらい把握している。幼稚園は公立だが有料で月30,000ドン、これが払えない家庭は市から補助しているが、全額払っている家庭は約20%。園舎のまだないところもある。サム山幼稚園も4つに分散していて、1つにしたいがまだできない(翌日、教育委員会でのパーティーのとき、ビンチャウ町の町長さんが、自分のところはまだ1つも園舎がない、2つ必要で1つだけ土地だけは確保できたのだが、とルーンさんに言っておられました)。
   夕暮れ、ツ・コア・ファン中学に行きました。こちらはFUJI教育基金から教科書を、ルーンさんと佐野さんがコンピュータを寄付されたところです。コンピュータでは学校のほか、地域のいろいろなデータも扱っているそうでした。教科書は生徒に貸し出しているので見ることはできませんでした。ちょうど授業が終わり、下校風景を見ました。自転車を押して校庭を一周し、帰って行く様子は、女子の白いアオザイのせいか、北部の子供たちよりも少し大人びて見えました。

【10月19日(木)チャウドック市→ホーチミン市】
   久しぶりに今朝はゆっくりしたスケジュールなのでコロニアル風のチャウドック・ビクトリアホテルでくつろいでいたら、ルーンさんから、「今日、教育委員会で勲章授与式があり、皆集っているので行きましょう。アオザイ着ていてください」と電話。今年の2月にホーチミン市で一晩で縫ってもらったアオザイを急いで着て、ホテルのロビーに下りていったら、もう小倉さん夫妻もルーンさんも支度ができていました。
   市内の建物1階で、その式典に参加しました。ルーンさんの同級生で元市長のニエン(NHIEN)さん、ニエン夫人で元教育委員長ニエン(同じスペルのNHIEN)さん、2002年当時ビンミー中学(佐野さんが校舎を寄贈された)校長で現在は教育委員会副委員長をされている方などいろいろな方に出会いました。式典は、教育に貢献された方への労働勲章の授与式でした。そのあとはパーティーで、私たちは幼稚園に行かなくてはと言ったら、幼稚園の園長さんも式典にこられていて、行っても仕方がないということで、その懇親会にも参加しました。

   お昼はチャウドックの新しいホテルで下見方々お食事をして、ビクトリアホテルをチェックアウトし、ビンミー幼稚園に行きました。(宮本さんの)母のささやかな遺産で建てたこの幼稚園の3つの教室は、半年前とうって変わり、クリーム色の外観、真新しいタイルの床に、25人ずつの4歳児、5歳児、混成クラスが元気にお勉強をしていて、私たちが行くと、立って前で両手を組み、挨拶をしてくれました。3歳児のクラスは午前だけ、古い教室を使っているそうで、いませんでした。机、椅子、戸棚、玩具なども一通り揃って、廊下にはコップ、靴が整理して並んでおり、各児童の持ち物らしく見られました。モモタマナの緑と赤い屋根が青空に映えて美しく、こうして役立ててもらいとても嬉しく思いました。

   ルーンさんの実家は幼稚園のすぐ近くにあって、続いてお訪ねしました。以前お会いしたお母さま、妹さんが冷たい菊のお茶を入れて下さいました。 3時半頃おいとまし、ホーチミンまでひたすら車を走らせました。雨期の終りの南部メコンデルタは畑も水田も水で一杯、いかに勤勉なベトナムの人たちも仕事にならないようで少しのんびりしているようでした。 北部の開発にくらべ南部は緑が多く、花や果物が沢山みられ、家の前ではモモタマナや椰子の葉が光に輝いて美しく、家の造りの簡素なのにもかかわらずなんだか豊かに見えました。

【10月20日(金)ホーチミン市】
   一日中ウットさんと前日探検をしておいてくださった松永さんの案内で、ホーチミン市の見学、買い物を楽しみ、夜、茨城県からカントーへ農業交流にこられた11人の方々と懇親の後、帰国しました。

【雑記:食べ物とお酒 女性達、ベトナムのこと
 今回の旅の女性陣はお酒大好き、一方男性はルーンさんはじめ小倉さんも召し上がらず、女性が張り切ってベトナムの強いけれどもなぜか懐かしい香りをもった独特の蒸留酒(焼酎)を楽しみました。もちろんお土産にも買いました。

印象に残った食べ物(一部)
   ベトナム香り米 いい香りのベトナム御飯はお米に秘密がある。
   デイエンデイエン 雨期の水の中から伸びて来て咲くマメ科の植物の蕾。藤の花くらいの大きさで黄色。ほんのり苦い。雨期の終りの今頃にしかない。
   豆腐恙(よう) 豆腐を発酵させたもの。やみつきになりそうな、なんとも不思議な味。 チャウドク辺のものだそう。
   菊のお茶 ルーンさんの実家で頂いたが、ホーチミンの市場のとは違うようだ。
   空心菜 一番人気の野菜。でもチャットビンの子供たちは残した。いつも食べているから。

   Kim giao毒味の木 ベトナムでは、この木で作ったお箸は、食べ物に毒があると色が変わると言われている。クック・フーン国立公園の入り口の土産物屋でカーさんが、長いことかけて2本のお箸をそろえてお土産に選んで下さった。葉の形から日本のナギ(Podocarpus nagi)と同じようだが、学名は違う(P..leuryi)。

   バイクタクシー バス停の前にバイクが並んでいる。お客さんを後ろに乗せる。お皿のような人力車にも乗りました。

   スコール 雨期の始めは午前中に雨が降り、だんだん雨期の終りに近づいた今頃は夕方急に曇ってきて、降る。

   ベトナムは女性が元気 大学でも教育委員会でも、アンザン大学の授与式でも来られた先生はスオン先生以外みな女性。ア、もひとり男性がいらしたかな。

   なんでベトナムに支援するの? 行く先々で、よく聞かれます。カントー大学でも奨学生から質問されました。
小倉先輩が答えてくださいました。「ベトナムが好きだから!」ベトナム側も日本側も一同納得、拍手。それはまちがいないけど、それだけかしら。 私が思うには、お二人のベトナム人運営委員によるところが大きい。ルーンさん、カーさん、来年も楽しみにしています!!!          
(宮本・記)